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生徒もろきみ!φ ★
2012/05/24(木) 07:47:53.70 ID:???
十津川村内野の神納(かんの)川へ。修復跡も新しい山道を過ぎ、小さな看板がある坂の上を見上げると、主人が「おぉ~い」
と手を振って待ってくれていた。
農家民宿「山本」を営むのは中南太一さん(62)と佐栄子さん(62)一家。「山本」なのに、中南さん?と思う人もいるかも
しれないが、このあたりでは屋号と苗字が別なのだという。
正直、普通の“お宅”にうかがうということで、少しドキドキしていたのだが、帰る頃には親戚が増えたような気持ちになっていた。
* * *
優しくて頼もしい太一さんと料理上手でちゃきちゃきと元気な佐栄子さんの、心づくしのもてなしのおかげである。
皆で話をしながら、おいしい夕飯をたっぷりいただき、早めの風呂に入って、後は静かな山の夜。携帯電話もつながらない。
もっと遊ぶと駄々をこねた娘も、じきに眠ってしまった。
「こっけこっこぉ~ぅ」の輪唱で目が覚めたのは午前4時半ごろ。娘が起きるまでしばらく待って、散歩に出かける。
* * *
家々も、田畑も、墓地も、散歩の範囲内に生活のすべてがあり、そのこぢんまりとした集まり以外は、ただただ自然。この場所に
集落を築いたこと自体、智恵の結晶であるように感じる。
小高い丘に集会所らしき建物が見え、階段を登って行くと、「薬師様は耳の神様」と書かれた額がかかっていた。
穴の開いた石などを供えると、耳の病に利益があるそうだ。建物裏手には、石に彫られた庚(こう)申(しん)講の本尊がぽつり。
つい最近までは、祭りも講もあったそうだが、高齢化が進んで世話が大変になり、いつの間にかなくなったのだと聞く。額に書かれた
文言からは、かつての子供たちのはしゃぎ声が聞こえてくるようだった。
* * *
民宿に戻り「この在所はいつ頃からあるんですか?」と尋ねた。すると佐栄子さんが「はっきりした年数はわからんけど、大水害の後
からやろなぁ」と。
大水害とは、明治22年8月に起こった十津川大水害のこと。窓の外の景色が見えないほどの大雨が続いたそうである。
当時十津川郷には6カ村あったが、壊滅的な被害を受けて大規模な移民が決断された。北海道の新十津川村はその時に
移った人々が成した村だ。
昨年の台風12号でも、道路や橋が通行不能になり多くの在所が孤立した。十津川村の人たちは、自然災害がいつ誰の身に
降りかかるか分からないことも、互いに助け合うことの大切さも痛いほど知っている。
中南さん一家の温かさや優しさの根っこに、そんな「十津川DNA」があるような気がした。
谷瀬の吊橋を渡り、後醍醐天皇の皇子、護良親王ゆかりの黒木御所跡に寄って、帰宅の途へ。佐栄子さんと一緒に作った
めはり寿しを食べながら、奥大和の風景や顔を思い返す。戻りたい場所が、またできた。
ソース(MSN産経ニュース、ライター・もりきあや氏)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120524/trd12052407080001-n1.htm
写真=農家民宿「山本」近くの「薬師様」で見つけた額
http://sankei.jp.msn.com/images/news/120524/trd12052407080001-p1.jpg
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